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MY FOLON

私のフォロン 林綾野(キュレーター) 2/2

2025/04/11

数々の展覧会キュレーションを手がけるほか、アートライターとして画家の食卓や暮らしを取材するなど独自の切り口でアートを紹介する林綾野さん。「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」展の会場で作品をより深く味わうための鑑賞方法をガイドしていただきます。2回目は、林さんが普段どのように作品と向き合っているのか聞きました。また、フォロンとの嬉しい“再会”についてもお話しいただきました。

まず自分の心を開いて

30年前、日本で開催された展覧会の図録に収録されたインタビューでフォロンは、「絵というのは本当に、それを見る人の想像の出発点」であると話しています。作品と向き合い、そのビジュアルがもつ力によって受け手の思考が引き出されていくということですね。そう思うと、美術館で画家が自らの目で見つめ、手で触れていた作品とゆっくり対峙できるというのは、やはり特別な体験になると思います。私もいつも展覧会ではまず自分の心を開いて、素直に見て感じようと心がけています。作品を上手く理解できなかったとしても、自分にとってなんなのかすぐに言葉にできなかったとしてもいい。作品を瞳の中にそっとしまっておけば、いつかふとしたときに自分自身に染み込んでいたものが、溢れてくる。作品を見たときの感覚が蘇ったり、作品に対する思いが自分の言葉として出てくることもあるかもしれません。

また、同じインタビューでは「芸術の機能」についてフォロンは「人々が物事をよりよく見るためのお手伝い」とも言っています。ジョルジュ・スーラ、パウル・クレー、ジョルジョ・モランディ、ルネ・マグリットなどさまざまな画家から影響を受けたというフォロン。また、アメリカのイラストレーター、ソール・スタインバーグの影響も大きかったようです。たくさんの芸術と出会ってたくさんのものを得てきたからこそ、同じ経験を自身の作品を見る人にもしてもらいたいという気持ちがあったと思います。

今回、展覧会に合わせて、2冊のアートブック(『フォロンを追いかけて Book1』『フォロンを追いかけて Book2』)が刊行されていますね。そのうち一冊はフランスやベルギーでフォロンがいた場所をまさに“追いかけて”、撮り下ろした写真で構成されていますが、なかでもフォロンのアトリエを撮影した写真がいいですね。フォロンは自分のアトリエのことを「感覚が発着する港」と言っていますが、この写真から、私たちは「港」の様子を想像することができるのです。フォロンが使っていたままに当時のパートナーの方がその場をいまも大切に残しているのも素晴らしいことですし、それを現代の写真家がフォロンを感じ取って、新たな写真で残し、さらに次世代に伝えていくのは価値あることだと思います。フォロンがどういう場所で、どんな机で、どんな椅子に座って描いたのか。そういう場所を写真で知ることで、フォロンの作品世界がどう紡ぎ出されたのか私たちのイマジネーションは広がっていきます。作家の制作や暮らしを想像することは、鑑賞の手助けになると思います。自ら画家その人に歩み寄ってみることで、作品から受け取れるものも増えていくと思います。

フォロンとの“再会” 

私は以前、料理の雑誌で芸術家の食卓を想像し、再現するという連載をしていて、フォロンを取り上げたことがあります。そのときはフォロンが好きだったというマッシュポテトにボルドーワインというシンプルな組み合わせを紹介しました。アトリエを残したパートナーはご自身も芸術家でフォロンの色彩に影響を与えた方。若き芸術家カップルが小さなテーブルを囲んでワインを飲みながら、マッシュポテトをつつき、そこにたくさんの会話が生まれていたのではないかと思い浮かべました。ほんの少しそんな日常を想像してみるだけで作家や作品を身近に感じることができるような気がします。作品理解への糸口のひとつに過ぎませんが、食べるところ、机に向かうところ、なんでもよいのでちょっとだけ自分に引き寄せて想像してみるのもおすすめです。

最近キュレーションした展覧会でフォロンとの嬉しい偶然の出会いがありました。堀内誠一さんの展覧会(「堀内誠一展 FASHION・FANTASY・FUTURE」PLAY! MUSEUM)で、堀内さんがアートディレクションを手がけた1970年のanan創刊号から49号までを展示したのですが、7号にフォロンの小さな紹介記事を見つけました。ちょうどそのころ初来日しており、誌面の企画も手掛けていた堀内さんもフォロンに注目していたのでしょうね。その記事も展示したところ、反応してくださるお客さまもいました。70年代の記事が思いがけず出てきて、2025年の日本でフォロンの展覧会が開催されているという不思議。時空を超えたフォロンの存在を感じたような気持ちでした。55年前の雑誌に掲載されたフォロンと、今回の展覧会で見ることのできるフォロン。年月を経ても、作品がもつ力は不滅なんだなと感動しましたね。

林綾野が選ぶ「私のフォロン」

たくさんの森が
1979
水彩

「切り株が並んでいて、イメージとしては一見面白いと心をつかまれます。でもよく見ると、伐採された森林の姿が浮かび上がってきます。環境問題に関心が強かったフォロンはビジュアルの力で人の心を動かそうとしたのですね」(林)

月世界旅行
1981
水彩

「大きな三日月の鞄、そして色彩が幻想へと誘ってくれます。フォロンの作品によく登場する誰ともわからないリトル・ハット・マンは、どこかへ行ってしまいそうでもあり、いつもそばにもいそうな気になる存在です。いろいろ想像を掻き立てられますね」(林)

林綾野 キュレーター、アートライター。「柚木沙弥郎 life・LIFE」(2021年)、「堀内誠一 絵の世界」(2022年)、「堀内誠一展 FASHION・FANTASY・FUTURE」(2025年)など多数の展覧会を手掛ける。主な著書に『画家の食卓』(講談社)、『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)など。

©Fondation Folon, ADAGP/Paris, 2024-2025