メニューをひらく

EXHIBITION

私のフォロン 《秘密》が明かされた瞬間 —ある日のロケから

2025/05/16

みなさん、こんにちは。あべのハルカス美術館の学芸員、浅川です。今回の巡回展の最終会場となる大阪展がはじまって、ひと月ちょっとが経ちました。関西はいま、万博の時期に合わせて国宝や重文をフィーチャーした大がかりな日本美術展が花ざかりで、どこも長蛇の列になっているようです。そんななか、私たちのフォロン展は、ゆったりとした空間で思い思いに作品と向きあうお客さまの穏やかな表情がそこかしこに見受けられ、ちょっとしたエアポケットのような風情。フォロンの世界に誰にも邪魔されずに浸りたい方、いまがチャンスですよ!

さて、今日は展覧会の開幕前日に行われた、テレビ番組の収録時の体験について書きたいと思います。今回私がご案内するお相手は、お笑いタレントの兵動大樹さん。軽妙かつ温かみのあるトークには、かねてから魅了されていましたが、はたして、フォロンの作品に、どんなリアクションをみせてくださるのでしょうか。

兵動さんをご案内したのは、プロローグでお客さまを待ち構える「異形頭」のちいさな彫刻たちから、空想旅行の道連れリトル・ハット・マン、矢印だらけの作品空間、大阪展限定コンテンツである『プルーストの質問帖』へのフォロンの回答を覗いて楽しむ参加型展示、一見すると親しみやすそうな印象ながら、じつは世界で起きているさまざまな事象に切り込む辛口な作品群などなど、盛りだくさん。そのいずれに対しても、きわめてヴィヴィッドに反応し、独自の感想や解釈を披露してくださいました。なかでも私が深く心を動かされたのが、最後にご案内した作品《秘密》(1999年)に対する兵動さんのコメントでした。

160㎝ほどの高さのこのブロンズ彫刻は、最後の展示室の真ん中で、不思議な存在感を放っています。というのも、リトル・ハット・マンの体が、真ん中でぱっかーんとふたつに割れていて、内部は空洞になっているのです。左右に分かれたコートの前を両手でつかみ、やや上向き加減でたたずむ彼の姿に、作者フォロンはどんな想いを託したのでしょうか?

「もう魂の世界ですね、こうなったら。解き放たれるというか。側(がわ)さえも置いていきなさいよという…。」兵動さんが口にされたこの言葉は、私に刺さりに刺さりました。それまで、自分なりに何度も想像を巡らせてはいたものの、この境地にまでは至れていませんでした。そしてこの言葉こそ、その時の私がもっとも必要としていた、かつもっとも希望を与えてくれるものだったのです。数日前に大切な人を亡くし、涙をこらえてロケに臨んでいた、その時の私に。

2021年に制作されたドキュメンタリー映画『FOLON』(ガエタン・サン=レミ監督)の最後の部分で、フォロンはこう語っています。「いつの日か人々は、私の作品をありのままに見るでしょう。人生の作品として。」兵動さんのコメントを聴いたまさにその瞬間、《秘密》は私の人生の作品となったのでした。それも、ひとりでは気づけなかったフォロンからのメッセージを、作品を共有してくれた他者の言葉によって発見することができたのです。

『プルーストの質問帖』の最後で、フォロンは「いまの心のありよう」という問いに答えています。その答えが何だったのか…それはぜひ展示室で、みつけていただけると幸いです。

兵動大樹さんによる展覧会リポートはこちら https://youtu.be/-jNJI5VvDN0



浅川真紀 あべのハルカス美術館上席学芸員。ミュージアム・エデュケーションの視点を盛り込んだ展覧会づくりに情熱を注ぐ。「空想旅行」に見立てたストーリー風の構成による本展は、みる人の「想像力」によるイマーシブ型の展覧会として着想したもの。

©Fondation Folon, ADAGP/Paris, 2024-2025