MY FOLON
私のフォロン どうしても、連れてきたかった、作品。
2024/09/06
はじめまして。あべのハルカス美術館の学芸員、浅川です。今回、展覧会の構成を担当させていただきました。大阪展は来年4月、巡回のトリをつとめることになっています。
今日は、あまり学芸員っぽくないかもしれない(?)ことを書きます。職業柄、作家や作品について、過度に主観的・感情的になりすぎないよう、心がけてはいるのですが、ことこのフォロン展に関しては、感情があふれすぎる瞬間が多くて、でもそれはつまりフォロンの作品が、人間のいろいろな想いや感情を喚起するパワーがあることの証なのだろうな、と思ったりしています。
さて、くだんの作品は、no.295《上昇》(2004年、水彩)です。昨年秋にフォロン財団の美術館に調査にうかがった際、ひとめぼれしてしまいました。美術館に常設されている作品は、本来借用することが難しいのですが、あまりにも心が動いてしまい、財団のステファニー理事長に懇願の熱視線(!)を送ったところ、「真紀がそこまで望むなら…考えないこともないわよ」と、茶目っ気を交えての返答(よっしゃー!)。帰国後、この展覧会になぜこの作品が必要なのか、あらためて心を落ち着けて理由を文章化し、財団にお送りしたところ、みごとOKをいただけたのでした。
みなさんはこの作品を、どうご覧になるでしょうか。はるか天上の高みへと続く長い長い階段の下方に、ひとりの人物の後ろ姿があります。私はその背中に、なんともいえない一生懸命さ、必死さのようなものを感じて、胸が締めつけられてしまうのです。帽子とコートのいでたちは、空想旅行の道連れとしておなじみの、リトル・ハット・マンを思わせます。けれど、私たちの知っている彼は、シンプルな表情やポーズを常とし、特定の感情を表に出さないニュートラルな存在のはず。ゆえにこそ、片手と片足を振り上げ、大きく伸びあがるようなこの後ろ姿に、いつもの彼らしからぬ、何かに向けられた強い憧れや希求のような感情が読みとれる気がするのです。
フォロンは2005年の10月に、71歳で世を去りました。生前のフォロンと親交の深かったステファニー理事長の話では、数年前から病を患い、一時は余命宣告もされていたものの、前向きな気持ちを失わず仕事に取り組んでいたのだとか。フォロンとの最後の電話は、ソルヴェイ公園での新しい彫刻展の相談だったのだそうです。
《上昇》の仏語原題は“ASCENSION”。キリスト教では、主の昇天を意味する言葉でもあります。世を去る前年のフォロンが、どんな気持ちでこのタイトルをつけたのかは想像の域を出ませんが、想像することでフォロンとその作品にぐっと近づける喜び、そしてそこから感じとれる切なさや希望も含めて、みなさんと共有したかったのです。
この作品を日本にお連れすることができて、本当によかったと、いま、しみじみと思います。
浅川真紀 あべのハルカス美術館上席学芸員。ミュージアム・エデュケーションの視点を盛り込んだ展覧会づくりに情熱を注ぐ。「空想旅行」に見立てたストーリー風の構成による本展は、みる人の「想像力」によるイマーシブ型の展覧会として着想したもの。
©Fondation Folon, ADAGP/Paris, 2024-2025